「シカゴ」の名の由来はネイティヴ・アメリカンの言葉で「臭いタマネギ」という意味だそうだ。湿地帯にネギが自生していたらしい・・・^^;

Twitter / itokenstein (via yellowblog)

volnay007:

【私が朝鮮に行った当初から、日本人と朝鮮人は「内鮮一体」として扱われ、私は朝鮮人の上司の下で働き、時に朝鮮人を部下に使いました。当然のことながら、お互いに民族の違いは意識しておりましたが、それ以外のことは何ら変わりがありません。日本の朝鮮統治というのは、欧米の植民地とは根本的に違います。  現代の人が今の価値観で空論を弄んでも、それは当時の実態と大きく異なります。戦後の教育なり、思い込みがあって私の話が信じられないという人の為に次の章以降で朝鮮人達との思い出や總督府の行政解説をします。】
●役所の中では、基本的に日本語で話していたが、朝鮮人同士は日本語か朝鮮語。自然なことだから、誰かが何か言うこともなかった。「朝鮮語を使うな」なんて言うこともなかった。 ●道庁内で天皇陛下の御真影が飾ってあるということはなかった。国旗掲揚や国歌斉唱もなかった。皇民化政策について勘違いしている方が多い。日本人も朝鮮人も皇民だった。皇民化とは日本と朝鮮の格差や差別をなくすためのものだったと思う。 ●「内鮮一体」ということは過去には差別があったということでもある。それを否定するつもりはない。しかし、差別を日本人は無くそう、朝鮮人も同じ権利にしようと努力していた。この努力を日本人は懸命にしていた事実を知ってほしい。 ●徴用は強制だったが内地の日本人と同じ。朝鮮では徴用されても行かなかった人もいた。私の前の担当者は割り当ての人数を集められなかった。私は割り当て人数分を集めた。「こういう徴用をするのでどうか協力してください」と、面長(村長)や関係者にきちんと説明をして、本人にも納得するように説明してもらった。きちんと、日本に行って、日本人と同じ仕事をして、賃金もきちんと貰えると、係官に説明してもらった。 ●創氏改名や徴用などは總督府の正式な行政手続きを踏んだもの。創氏改名は強制ではない。強制ならば總督府からの指令があったはず。總督府は「創氏改名は自由である」とはっきり言っていた。道庁の朝鮮人官吏でも創氏改名しない人は沢山いた。半数以上はそうだった。もし命令があったなら、朝鮮人官吏は真っ先に改名しなければならなかったはず。
●こうした總督府の組織、命令系統を理解した上で言えば、慰安婦連行を行政機関が命令させたということは、絶対ない。不可能なこと。女衒(ぜげん)は朝鮮人がやっていた。どこに娘がいて、どこに売るかとなれば、朝鮮人でなければできない。日本人がいきなり行って、言葉も土地もよく知らぬままではできない。 ●朝鮮軍司令部も、女性がどこにいるのかなど分からないから、もしも集めようなどということがあったら、徴用のように、道→郡、郡→面(村)へと集めてほしいという依頼があったはずだが、そんなことはなかった。もしそんなことを公的機関がしていたら、絶対に文書で残っているはず。もし、個人が無理にやったら捕まる。道の役所や警察にも朝鮮人がたくさんいるし、知事や私の上司の多くは朝鮮人だった。 ●ただ単に禿山の管理とか、鉱山の監督をしていたのなら分からないが、内務課長として一般の行政をしていたから、日本の官吏(朝鮮人官吏も合わせて)が、売春婦を強制的に連れて行ったということは「ない」と、自信をもって言える。 ●軍隊もそういうことはしていなかったのが分かる。統制の取れた厳しい組織で、戦場ではない日常の朝鮮で、しかも官吏や警察に多くの朝鮮人がいる中で、勝手に連れて行こうとしても不可能。
【私が朝鮮に渡っていた12年間は朝鮮人と日本人は協力し合っていました。それは、何もかもが同じだったとは言いません。しかし、日本人達は差別をなくそう、不満が出ないようにしよう、と注意を払っていたのです。この縁故林の話も今では誰も知らないのではと思います。】 【日本の統治は悪いことをしていません。搾取というならこの縁故林の話をどう思いますか。私は朝鮮人の部下として働き、差別なく、僅かな縁故でも調査していたのです。もしあるなら、例を挙げて言ってほしいものです。】
「併合時代の朝鮮は、今の日本や韓国などの平穏な国と何も変わらない」 「普通の日常がそこにあっただけ」
【頭の中を整理してほしいのは、当時の朝鮮は「戦場ではない」ということです。当たり前ですが、戦場ではないので非日常的なことは起きませんし、あった場合は警察官が駆けつけます。今となんら変わらないのです。  しかも、この行政システムの警察の中には朝鮮人が多く、行政のトップの知事も朝鮮人が多数任命されていたというのが実態です。】
ぼやきくっくり:日本人と朝鮮人はとても仲が良かった!「朝鮮總督府官吏 最後の証言」より

volnay007:

【私が朝鮮に行った当初から、日本人と朝鮮人は「内鮮一体」として扱われ、私は朝鮮人の上司の下で働き、時に朝鮮人を部下に使いました。当然のことながら、お互いに民族の違いは意識しておりましたが、それ以外のことは何ら変わりがありません。日本の朝鮮統治というのは、欧米の植民地とは根本的に違います。
 現代の人が今の価値観で空論を弄んでも、それは当時の実態と大きく異なります。戦後の教育なり、思い込みがあって私の話が信じられないという人の為に次の章以降で朝鮮人達との思い出や總督府の行政解説をします。】

●役所の中では、基本的に日本語で話していたが、朝鮮人同士は日本語か朝鮮語。自然なことだから、誰かが何か言うこともなかった。「朝鮮語を使うな」なんて言うこともなかった。

道庁内で天皇陛下の御真影が飾ってあるということはなかった。国旗掲揚や国歌斉唱もなかった。皇民化政策について勘違いしている方が多い。日本人も朝鮮人も皇民だった。皇民化とは日本と朝鮮の格差や差別をなくすためのものだったと思う。

●「内鮮一体」ということは過去には差別があったということでもある。それを否定するつもりはない。しかし、差別を日本人は無くそう、朝鮮人も同じ権利にしようと努力していた。この努力を日本人は懸命にしていた事実を知ってほしい。

●徴用は強制だったが内地の日本人と同じ。朝鮮では徴用されても行かなかった人もいた。私の前の担当者は割り当ての人数を集められなかった。私は割り当て人数分を集めた。「こういう徴用をするのでどうか協力してください」と、面長(村長)や関係者にきちんと説明をして、本人にも納得するように説明してもらった。きちんと、日本に行って、日本人と同じ仕事をして、賃金もきちんと貰えると、係官に説明してもらった。

●創氏改名や徴用などは總督府の正式な行政手続きを踏んだもの。創氏改名は強制ではない。強制ならば總督府からの指令があったはず。總督府は「創氏改名は自由である」とはっきり言っていた。道庁の朝鮮人官吏でも創氏改名しない人は沢山いた。半数以上はそうだった。もし命令があったなら、朝鮮人官吏は真っ先に改名しなければならなかったはず。

●こうした總督府の組織、命令系統を理解した上で言えば、慰安婦連行を行政機関が命令させたということは、絶対ない。不可能なこと。女衒(ぜげん)は朝鮮人がやっていた。どこに娘がいて、どこに売るかとなれば、朝鮮人でなければできない。日本人がいきなり行って、言葉も土地もよく知らぬままではできない。

朝鮮軍司令部も、女性がどこにいるのかなど分からないから、もしも集めようなどということがあったら、徴用のように、道→郡、郡→面(村)へと集めてほしいという依頼があったはずだが、そんなことはなかった。もしそんなことを公的機関がしていたら、絶対に文書で残っているはず。もし、個人が無理にやったら捕まる。道の役所や警察にも朝鮮人がたくさんいるし、知事や私の上司の多くは朝鮮人だった。

●ただ単に禿山の管理とか、鉱山の監督をしていたのなら分からないが、内務課長として一般の行政をしていたから、日本の官吏(朝鮮人官吏も合わせて)が、売春婦を強制的に連れて行ったということは「ない」と、自信をもって言える。

●軍隊もそういうことはしていなかったのが分かる。統制の取れた厳しい組織で、戦場ではない日常の朝鮮で、しかも官吏や警察に多くの朝鮮人がいる中で、勝手に連れて行こうとしても不可能。

【私が朝鮮に渡っていた12年間は朝鮮人と日本人は協力し合っていました。それは、何もかもが同じだったとは言いません。しかし、日本人達は差別をなくそう、不満が出ないようにしよう、と注意を払っていたのです。この縁故林の話も今では誰も知らないのではと思います。】

【日本の統治は悪いことをしていません。搾取というならこの縁故林の話をどう思いますか。私は朝鮮人の部下として働き、差別なく、僅かな縁故でも調査していたのです。もしあるなら、例を挙げて言ってほしいものです。】

「併合時代の朝鮮は、今の日本や韓国などの平穏な国と何も変わらない」
「普通の日常がそこにあっただけ」

頭の中を整理してほしいのは、当時の朝鮮は「戦場ではない」ということです。当たり前ですが、戦場ではないので非日常的なことは起きませんし、あった場合は警察官が駆けつけます。今となんら変わらないのです。
 しかも、この行政システムの警察の中には朝鮮人が多く、行政のトップの知事も朝鮮人が多数任命されていたというのが実態です。】

ぼやきくっくり:日本人と朝鮮人はとても仲が良かった!「朝鮮總督府官吏 最後の証言」より

(clipcheckから)

 ご存知の通り、民団(在日本大韓民国民団)は韓国籍者(外国人)の団体であり、そもそもが、主権国家・日本の国政に干渉する立場にはない。また、マイノリティでもあり得ない。「韓国籍」という国籍を保有している外国人であり、韓国という帰る国を持つ人々である。また、何らかの根本的救済措置を求める場合も、韓国にそれを求める立場にあり、日本の政治に関与する立場にはない。また、日本は、干渉を許すべき立場にはない。この、ごく「当前」の筋道を確認しておく必要がある。

民団「内政干渉」考 博士の独り言: 2010/06/23(水) 23:17:00 (via nandato) (via chikuri) (via brn303) (via gkojax-text) (via zaki123) (via clipcheck)

8 :名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/09/28(日) 02:35:42.63 ID:WMlZrtEG0
»1 
【御嶽山噴火、死者・負傷者・行方不明者、民主党による人災まとめ】

 [重要]噴火予知の第一義的な責任を負うのは気象庁。文科省(国立大)ではありません。まずこれを理解しましょう。

・2000年 北海道の有珠山で気象庁は噴火直前予知に成功。
 事前避難で周辺住民の死傷者・行方不明者はゼロ。
   ↓
・2008年 自民党麻生内閣 補正予算で噴火予知のため火山観測の強化を指示
  ↓
・2010年 民主党鳩山内閣
事業仕分け人の勝間和代「大規模噴火は数千年に一度。警戒は無駄」
民主党はこれを受けて気象庁火山噴火予知の予算カットを決断(つまり、ここで民主党の政治責任発生)
  ↓
 御嶽山は、噴火予知のための観測強化の対象から外される
 木股教授「これでは活火山の監視をやめるに等しい」
 http://megalodon.jp/2014-0927-2219-43/p.twpl.jp/show/orig/JxwQX
  ↓
・2013年 政権に復帰した自民党は、御嶽山の観測強化を図る
 http://megalodon.jp/2014-0928-0013-34/news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0211&f=national_0211_038.shtml
  ↓
 しかし、噴火の予知には継続的な観測データが必要。火山性微動まで探知できるが、予知するためには3年間のブランクは痛かった…。予知は継続データを精査して行う。
 http://megalodon.jp/2014-0928-0015-37/sankei.jp.msn.com/affairs/news/140927/dst14092721440023-n1.htm
  ↓
・2014年9月27日 御嶽山が噴火
噴火予知できず、突然の噴火に見舞われた多数の登山客が犠牲に! 死者・行方不明者多数。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140927-00050102-yom-soci
  ↓
・そのころ、事業を仕分けた勝間和代は、自著の宣伝をした後、ゲームに夢中
 https://twitter.com/kazuyo_k/
 「久々にウィズの魔道杯、参戦。7段をこんなデッキで戦っています」


 http://nozomi.2ch.net/test/read.cgi/prog/1296558389/
 35 :仕様書無しさん:2011/02/13(日) 18:34:32 
 バンキシャでやってた。勝間和代が仕分けしたために日本の火山観測がピンチらしい
 勝間「24時間体制で観測する必要があるのですか」 で、観測体制崩壊寸前

 36 :仕様書無しさん:2011/02/13(日) 18:48:18 
 »35 
 崩壊するとどうなるんですか?

 37 :仕様書無しさん:2011/02/14(月) 09:58:15 
 簡単なことです。人がたくさん死ぬんです。

【御嶽山噴火】意識不明16人 重傷者32人-長野県発表★2 (via overdope)

(cole107から)

安倍内閣では教育立て直しの一つとして
「日本史を学ばせる」という話が進んでいます。

自国の歴史を知らずに他の国へ行っても馬鹿にされるだけですし、
歴史を学ぶことで日本人としての考え方や自国への誇りなど
いろいろなことが得られるだろうとブログ主は考えます。

当然ながら教科書の内容が反日自虐史観から修正されていくであろうことは
朝日新聞として絶対に認められない事であるため
「それなら歴史教育を廃止しろ」と朝日新聞は言いたいのでしょう。

一言で言い換えれば
「反日自虐史観ではないまともな歴史を学ばれると困る」
というのが朝日新聞なわけです。

まっとうな日本人なら困るはずがないのですが、
なんででしょうかねぇ(棒)

こんな記事でも高給取り : パチンコ屋の倒産を応援するブログ (via itokonnyaku)

(gkojaxから)

日本を離れてわざわざ考えるというのも
なんだかおもしろいものだが、
「ことばづかい」って、大事なんだよなぁ、と。

篠原ともえさんが、わぁわぁとやっていたころ、
この人は、こんなに妙なかっこうして、
やたらににぎやかに騒ぎまくってるけど、
どうしていやな感じがないんだろうと考えた。
それは、すぐにわかった。
「ていねいなことばづかいができていた」のである。
過剰というほどではなく、丁寧語をつかっていた。
これだけで、なんとなく
その人の大事にしているものがわかるような気がする。

存在というか、姿や役割がへんに見えるのに、
「ことばづかい」がていねいな人という系譜があって。
「さかなクン」さんも、そういう分類に入ると思う。
最近では、壇蜜さんもそのジャンルなんじゃないかな。

悪いことばをつかうな、という教えは、
聖書の時代、いやもっと前からずっとあるだろう。
ていねいなことばをつかって
他人に見せるために「取り繕え」
ということではないのだ。

「どういう人であるか」というよりも、
「どういう人でありたいか」という気持ちが、
つかっていることばになって表われるのだと思う。
「どういう人でありたいか」という理想の持ち方は、
かなり重要な生き方に直結しているのではないかな。

生きていると、わからないことだらけだ。
知れば知るほど、わからないことが増えていく。
それは、まったくよろしいことなのだと思う。
そのうえで、「どういう人でありたいか」が、
とても大事と思えるのだ。
その「ありたい人」に、じぶんも、他の人びとも、
似てくるのではないだろうか。
遠い国までやってきて、そんなことを考えていた。
空や海や島は、「ことばづかい」がきれいだなぁと思う。 

今日のダーリン 2014/05/24 (via drhaniwa)

(gkojaxから)

bash の隠し機能どんどん発掘される

滅菌医療ガーゼさんはTwitterを使っています (via do-nothing)

(plasticdreamsから)

特に菅首相(当時東工大)は、当時の公安だった佐々淳行から、デモの先頭でアジ演説をやってたと思ったらいつの間にかいなくなる
『逃げ足の菅ちゃん』と呼ばれマークされていたwww

【当時の呼び名】
菅直人(当時東工大 64歳);逃げ足の菅ちゃん
岡崎トミ子(当時高卒 66歳):爆弾おトミ
仙谷由人(当時東大 65歳):弁当運びのヨシト

自らを「総括」できなかった殺人鬼・永田洋子死刑囚の病死|世迷い言だらけ (via mcafee-x6)

(元記事: 46187 (twinleavesから))